STEADY RANKSステディ ランクス

STEADY RANKS

1960年3月30日、音楽の島ジャマイカ島、キングストン12エリアのトレンチ・タウンはもう一人の音楽の神童、後にステディー・ランクスと呼ばれることになるジュニア・ジョセフスを生み出した。1960年代のトレンチ・タウンに少年時代を過したステディーは、やがて音楽で身を立て、ボブ・マーリー、ピーター・トッシュ、デニス・ブラウンやジミー・クリフのような人物になろうと決意した。「彼らが付けた名前なんだ。キングストンの都心部で成長した若者は、ある種の人物に出くわすときには器用にやらなくちゃならないんだ。つまり『ランク付けするやつら』だ」。ステディーは他人を傷つけたがるような人間を説き伏せることで、自分の立場を弁護していた。彼は「ランク付けするやつら」の最中にいても穏やかさを失わなかった。このため彼は「ステディー・ランクス(安定したランク)」というステージ・ネームを得ることになった。ステディーは彼自身をコンシャスな歌詞にこだわるDJと見なしている。ジャマイカのDJのほとんどがそうであるように、経験とはサウンド・システムを通して得られるものだ。彼はジャミーズ、クリエーティヴ・ソース、アローズ、ジェミニ、ヴァーゴ、キラマンジャロといったサウンドで鍛えた。DJを止め、子ども時代の友人ダン・アイキーと共に歌い始めたのは、ポートランドのスーパー・ピンチにいるときのことだった。ステディーの最初のレコーディング「家族を返して(Bring the family back)」は、シュガー・ミノットのレーベルであるユースマン・プロモーションでダン・アイキーと共に行われた。以後、彼はスコーピオ、スター・トレイル、タクシー、スティーリー&クリーヴィ、カリアングといったジャマイカでも最もメジャーなレーベルでレコーディングを行っている。カリアングでのレコーディングの一つ「きみの人生(It's Your Life)」は、日本のある映画のサウンドトラックにフィーチャーされている。1999年、彼はファンデーション・スタジオの仕事で、ドイツ10都市における大規模ツアーを行った。ステディーは彼自身のことを、特にシンガーあるいはライターとしてどんなポジションにも就ける「音楽におけるブレンド」と表現している。ライターとしては、ロバート・フレンチ、エヴァートン・ブレンダー、ウォリアー・キング、バカニアといった他のアーティストのために曲を作っているし、最近ではナッティ・キングとの共作も行った。現在までのところ、カリアング・レーベルでダン・アイキーとともに出したアルバムは一枚で、「再び神を賛美せよ(Praise Jah Again)」というタイトルだ。ステディーの最大の願いは、人々が一体となって生きる姿を目にすることだ。「植物に水をやる代わりに酸(LSD)をかけたらダメだ。心を前向きな雰囲気で養ってやったら、それだけ豊かになるんだ」。彼は実際、音楽の世界に貴重な貢献をしているし、トレンチ・タウンの申し子であることを誇りに思いながら、地球の隅々まで彼のコンシャスなメッセージを伝えているのだ。